名古屋 ホワイトニングに関する発表

私は昔そこまで頑張り屋ではなかったので、医者になろうと決めた時はみな大喜びで「がんばれ」と激励してくれる。 急に、周囲からの扱いが変わって私も内心は得意でたまらなかった。
当時は、いわきから新潟へは磐越東線・磐越西線を乗り継いで四時間あまりだった。 ほとんど真西に移動するだけではあるが、太平洋に面したいわきと日本海沿いの新潟では気候風土がかなり違う。
そんななか、大学生活が始まった。 学校の近くに下宿をかまえ、放課後は運動で汗を流す。

最初の二年は野球部でキャッチャーをやり、もっと動き回りたくなって三年時から卒業まではラグビー部に籍を置いた。 すぐに麻雀や酒も覚えた。
同級生は八十名で、二クラスに分かれている。 そのなかに、笑顔が印象的な女の子がいた。
彼女は、現役で入学し授業にもきちんと出席する優等生。 山猿みたいな自分のような男を相手にしてくれるか自信がなく、入学後半年ほどは話しかけることもできなかったのだが、そのうち口をきけるようになった。
会話をすると、人をそらさない受け答えができる頭のよさに驚き、しかもどんなことも悪くは受け取らないおおらかな気質の女性であることがわかった。 私はすぐに惚れ込み、なんとか交際にこぎつけた。
その後も、彼女にふられやしないかと冷や冷やしながらお付き合いが続き、卒業後三年目でゴールインできたときは、一種の達成感を感じるほどだった。 妻の Y である。
六人のグループに分かれ、グループごとに献体をいただいて、全身の臓器や筋肉、骨格といういわば人間の成り立ちを学ぶ授業だ。 生まれて初めて人の体にメスを入れるときは、神聖な領域に入り込むような責任感とプレッシャーを感じたことを覚えている。
しかも、亡くなった方の体をいただいているのだから、いくら解剖の授業とはいえ、失礼があってはならないという気持ちにもなる。 息の詰まるような緊張感のなかで、体の内部構造を目に焼きつけていかねばならない。
このように精神的にはしんどい部分もあるのだが、この実習で人様の体に触れながら全身の状況を判断したり、体の内部の構造を意識しながら人の体を見るといった意未来の妻に出会ったり、さまざまな遊びに興じたりで「あなたは授業中よくいなくなっていたわねえ」と妻にはあきれられるが、学生生活を送るにつれて、人様の体を治す「医学」については真剣な気持ちを持つようになっていた。 とくに、大学三年生の秋学期から始まった解剖学の実習からは、学ぶものが大きかったように思う。
外科に入局すると、戦場のような忙しさが待っていた。 朝は四、五時すぎから、入院している患者さんの様子を診て回り、六時ころから検査にとりかかる。
ちょっとでも遅れると、先輩から、「何やってるんだ!」とどやされる。 外科は医学部の中でもっとも体育会系の科であり、完璧な上下関係がある。

まるで軍隊のようだと他の科から評されるのも、あながちウソではないのだ。 夜は夜で、十二時くらいまで病棟で待機しなければならない。
手術をしたばかりの患者さんの担当になれば、その後二十四時間つきっきりは当たり前だった。 自分の時間なんかないのは当然で、睡眠だって一日三時間程度のものである。
体力の無い人間は落伍するしかない。 そうしたなか、医局からのローテーションでいくつかの関連病院を移りながら、徐々に立場も上がっていく。
田舎の外科医ともなれば、まだまだ周囲がちやほやしてこの一件で現代医学の有様をまざまざと経験した私は、以降、医療への情熱が薄れていくのを自覚した。 代わって熱中したのが、ゴルフやスキーなどのスポーツだった。
東京など大都会の病院で、一医師の分際が勝手にこんなことをするのは許されないのだろうが、そこはおおらかな田舎である。 それにもともと私は、やれゴルフだ、スキーだ、山だ、酒だというタイプで、カッチリ仕事一直線ではなかったから、ちょっと変なことをはじめても、誰もたいして気に留めなかった。
夜間や休日で私が不在のときは、看護師さんたちに手伝ってもらった。 入院患者を抱えている病棟の看護師は、多忙である。
その合間を縫って計測をお願いしたのである。 なんのかんのと言いながらも、快く協力してくれた彼女たちの存在なくしてこの実験は成立しなかっただろう。

忙しいなか、毎日つきあってくれた彼女たちには本当に感謝している。 おだてられるうちに少々天狗になって、スタッフにもずいぶんわがままをいって迷惑をかけたと思う。
「俺がやりたいようにやって、何が悪い」というスタンスだったので、製薬会社の接待スキーには積極的に出かけ、そこに家族を連れて行ったりもした。 もちろん、家族からも大ひんしゅくで妻は「私はふつうの家族旅行をしたいだけなのに」と嘆き、息子や娘も「なんで、おとうの仕事の人がいつもいっしょなの?家族だけじゃだめなの?」とつぶやいていた。
そんなふうにえばりくさった「外科医」を続けながらも、心の奥にはこんな日常はもう辞めたい、という思いがくすぶっていたのかもしれない。 こうして身も心も、患者さんのために捧げる時間を経て、ようやく一人前の外科医になるのである。
というのも、一日中、重篤な患者さんや手術を終えたばかりの患者さんのそばにいると、命の勢いのようなものが肌で感じられるようになってくるのだ。 顔色とか目の力とか、身体全体から発せられる雰囲気のようなものが確かに存在し、「あ、この人は元気になるな」とか「手術は成功したと言われているけれども、回復は難しいのではないか」というようなことが、感覚としてわかるようになるのである。
もっと経験をつむと、患者さんの「顔の相」から回復の見込みが感じられるようになり当時は、まだ無給医制の時代で、医局に残る以上はこうした期間が卒業後四年ほどつづく。 なんとか食べていくには、このような合間を縫ってバイトに出ないといけない。
バイトに出たら出たで、病院に戻ってから残った仕事を片付けねばならないから、徹夜は当たり前となる。 平均して、週に三日は徹夜で仕事をしていたのではないだろうか。
四十代半ばに入って、ついに一つの決意を固めた。 「南極に行く」。
南極越冬隊に付き添うドクターとしてではあるが、世界最南端の氷の国までいけば、何か見つかるかもしれないと、まるで思春期の青年が考えそうなことを真剣に考えていたのである。 人生の壮年期にさしかかって自分の医者人生に相当煮詰まっていたのだと思う。
その決意を当時の大学の教授に伝え、辞職を願い出ると、「まあまあ、そう焦りなさんな。 君はまだ若い。
いまのところが退屈なら次期院長候補として、別の病院に移りなさい」と、うまくかわされてしまった。 次期院長にしてやるからという言葉に懐柔されて、南極行きの夢をあっさりと捨てた私も私であるが、そのころの決意なんてその程度のものだったのかもしれない。

そして私は、新潟県の北端にある K 病院の副院長兼外科部長として新天地に赴任することになった。 そこで、今度こそ人生を変える「発見」があることなど、もちろん知る由もなかった。
外科医としてのすべりだしは、順風満帆であった。 机の上の勉強とは違い、実際に手術の場に立会い、先輩医師の執刀を見て体で覚えるのは、もともと野生児の私に向いている。

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